既に3週間前ですが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)から下記のプレスリリースがあり、ABISMOによって世界発となる水深10,350mの深海底の堆積物を1.6m柱状のコアの採取と1万m以深(水深10,258m)までの鉛直多点採水の成功が報じられました。ABISMOはこれらの観測設備を搭載したランチャーと、ランチャーから分離して航行した後、海底面をクローラ移動機構で走行するビークル(長さ約 1.3m × 幅約0.9m × 高さ約1.1m、空中重量は約350kg、160m長のケーブルでランチャーと接続)で構成されます。
走行装置をもっているものならば何でも興味がありますので、気になったのがビークルなのですが、プレスリリースではビークルの探査結果については触れられていません。
海底にはマリン・スノーが堆積していることから、TVカメラによって海底面を調査する目的のビークルにはクローラ移動機構が適しているということになったのかもしれません。ただ、クローラを下部に備えているとは言え、ビークル自体も浮力バランスをとって水中を上下・前後方向へ移動するためのスラスタを搭載したROVの一種ですので、走行に必要な接地圧の設定など、その設計がかなり気になる装置です。
キャタピラ社によって農業土木機械として開発されたクローラ移動機構は「ブルドーザで土を掘削するには大きなせん断力が必要、このせん断力に対しては大きな反力が必要、その反力を得るには掘削装置を搭載する機械は重くすることが必要、そしてその重い機械の走行部が土に沈まないようにするには接地面積を広くして接地圧を下げることが必要」といった論理展開で現在の姿の原形が生まれたものを思います。そして地面とクローラの接地面の摩擦係数も重要な要素となりますので、グローサを履帯の外周に配置することも行われます。履帯の設計には対象地盤を模擬した走行面を用いて、所定の性能が得られるように開発設計が行われます。
これに対してJAMSTECのビークルは自らが航行するために、浮力とのバランスをとった設計がなされていますので、空中重量350kgといっても海底面の走行に必要な接地圧をかけること自体が難しい問題です。浮力とのバランスで浮き上がる方向とすれば何かのトラブルが生じた場合、浮き上がったビークルを回収することが可能となります。しかし、海底面に接地圧をかけるのには上下移動用のスラスタにより下方への駆動力を与えることが必要になり、エネルギーを余分に必要とし、また、スラスタの駆動により観測対象の周囲環境を乱しはしないかと気になります。ビークルを切り離した時のランチャーへの影響を考えると、ビークル単体で浮力バランスがとれていることが望ましいとも考えられますが、この場合では浮力とのバランスで浮き上がる方向にした時と同じ課題があります。浮力とのバランスを沈む方向とした場合、これらの2つの懸念される点はなくなりますが、トラブル時の回収は諦めなければなりません。そして何よりも設計に不可欠な走行対象の海底面の地盤としての力学的特性は全く不明です。ランチャーと接続されるケーブルの存在も走行の抵抗となることが設計上、気になります。
設計者の目から見た場合、自信をもって設計できない典型的な事例といえます。
ABISMOの開発については下記のリンク先の"INNOVATION News Vol.6"に詳しい解説がありますが、その中でビークルの実験ができなかったことが書かれていることも気になります。
JAMSTECプレスリリース(2008年6月16日)
大深度小型無人探査機「ABISMO」が世界で初めて
マリアナ海溝水深1万m超の海洋〜海底面〜海底下の
連続的試料採取に成功
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20080616/index.html【参考】

INNOVATION News Vol.6 (Feb. 2008, JAMSTEC)
http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/renkei/innovation/news07.pdf
posted by M. Ichikawa at 10:11|
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